426 井 流(イリュウ)
20080505
太宰府地名研究会 古川 清久
この奇妙な地名に遭遇したのは十年ほど前のことでした。場所は不知火海に面した天草上島、旧姫戸町(現上天草市)の二間戸地区です。現地は神代川河口に造られた干拓地北側の山の裾野です。
二間戸という名のとおり、かつては奥行きのある入江が二方向に伸び、その一方が干拓にされているという訳です(岡山県の牛窓も二間戸の類似地名ですね)。
さて、干拓地に一番必要とするものは水です。
井を農業用の水路とすれば、流れるのは当然で、「なにもおかしくはないじゃないか」と言われそうですが、はたして、そうでしょうか?まず、農業用水路があるところに「イリュウ」という地名がごろごろ転がっている訳でないことは明らかです。
当時はその程度の認識でしたが、その後、同一地名と考えられる井龍(イリュウ)に遭遇するのです。
それは島原半島の南東部、旧西有家町の山中、現南島原市の一角でした。
これでイリュウが単なる固有名詞ではなく普通名詞である可能性を考えなければならなくなったのです。
口之津の史談会で地名の話をしていると、「イリュウという地名があるが意味が分からない…」という話が飛び出しました。直ちに「天草上島にもイリュウがあるんですが、私も見当が付かないでいます…」と返答しました。
普通は二箇所でも同一もしくは類似する地名があると、両者の共通性を見出すことができるため粗方の見当が付くものなのですが、この場合は無理でした。
しかし、謎は解けるものです。「夜若」で取り上げた九州大学大学院比較社会文化研究院の服部英雄教授(当時)の『地名のたのしみ』(角川ソフィア文庫)にもこの「イリュウ」について書いてあったのです。
イリュウ、ヨウジャクと同じ問題意識を持たれていたことに小さな驚きを感じた瞬間でした。敬愛する服部先生のことでもあり、先達の研究があることですから、ここでは、主要な部分をご紹介し終わりとします。
服部教授は沖縄の三母音の傾向が認められる九州西岸においては、O音がU音に入れ替わることが多いことから発想され、
…こうした互換性を考えると、イリュウはイリョウである可能性が考えられた。古文書にイリュウがあることは知らないが、イリョウならばしばしば登場する。すなわち井料である。井料とは井、つまり農業用水の維持管理にあてるための料田である。料田とは年貢が免除され、かわりにその分が用水や灌漑施設の維持費用にあてられる田をいう。だから井料田とも書かれる。井路田という地方もある。
…(中略)…
イリュウは井料の意味である。わたしはそう考えている。
このことを積極的に証明してくれる事例にはまだ遭遇していない。しかしあとにも述べるように、領主直営田地名である用作や正作地名に隣接して、井料という地名がある事例は多い。そして同じく直営田地名に隣接してイリュウの地名があることも、これまた多いのである。イリュウ(井料)もまた村落構造を考える上でキーワードになりうる地名である。…
これ以外にも同名と思える地名に幾つか遭遇しましたが、ネット検索を行ってもかなり拾えます。
皆さんも試みて見られたらいかがでしょうか?久留米市内にもありますよ。