460 「象ケ鼻」 “阿蘇の大観峰の下に鼻を伸ばした象さんが寝そべっている”
20170312
太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久
阿蘇の阿蘇谷に一度もいった事がないという方はよほどの遠方ではない限りあまりおられないはずです。多くの方が最低でも一度ぐらいは足を踏み入れておられるものと思います。
当然にも最大の観光スポットである阿蘇の噴火口から阿蘇神社や内牧温泉のあるエリアで、正面の大観峰と併せ普通は必ず目にされる風景だと思います。
地名とは消されるものであり、以前の地理院地図や道路マップにも象ケ鼻として登載されていたと言う記憶を持っているのですが、どうやら都合の悪い地名と思われたものか現在の地理院地図にも記載がありません。
阿蘇大観峰と古い地理院地図
現地は阿蘇観光中の名スポットであり景勝地の阿蘇大観峰から212号だか213号だかが尾根伝いに滑り降りる場所であり、冒頭の写真のとおり、象が鼻を伸ばして寝そべっている姿をそのまま地名にしたものと思います。
ただ、そうなると地名が付される時代に象を知っていた人物がいるだけでなく、相当多くの人々が象という概念を理解していた事にならなければおかしな話になる訳で、ナウマン象やマンモスならいざ知らず、一般の庶民が足だけを見たとか言われる象が入ってきたのは江戸時代の半ばの話であって、ましてや阿蘇に入ってきたはずは毛頭ないはずなのです。
してみると、明治になって徳富蘇峰とか蘆花といった文豪だか文士といった人々によって近代になって付された地名だったのではないかと思うものです。
ただ、現在では消された 上に、実際に象の鼻の形になっている事についての認識を地元の方さえもあまり持っておられないのではないかという気もするので、今回改めて取上げる事にしたものです。
まあ、自然地名については見た目で直ぐわかるところから一般にも誰でも分かるといったもので、ついでに、分かり良いものとしてもう一題ご紹介することにしたいと思います。
鹿児島県の矢筈岳と開聞岳
もちろん九州にとどまりませんが、九州全域に矢筈(ヤハズ゙)と呼ばれる山があります。
多分、登山をされる方は、一つや二つは出くわした事のある地名であり山名だと思います。
矢を扱う事など全くない時代になり今や意味が忘れ去られていますが、もちろん矢を番えるくぼみをヤハズ(勝手に考えれば矢ホゾの転化か?)と言います。
実際のところ、これぐらいの窪みの方が連射、速射に素早く対応でき、深い窪みでは番えて発射にするまでに時間が掛ってしまうことから、それほど深い矢筈地名には御目に掛かった事がありません。
① の両端の弦(つる)をかける所。・・・②弓に矢をつがえる時、弦からはずれないために、矢の末端につけるもの。また、矢の末端。やはず。・・・⑦・・・帆を巻き上げる滑車のある部分に、綱がはずれないように作った木枠。 (広辞苑)
私達が日常的に使う「そんなはずはない」さえもが、矢筈が起源であることが広辞苑に書かれています(③)。
まずは、身近なところから、佐賀県武雄市の南西部、長崎県との県境近くに、矢筈があり、唐津市の鏡山の東麓に矢作(ヤハギ゙)があります。この“ヤハズ”の話をする前に、“ヤハギ”を考えますが、こちらの方は矢を作り、矢羽(ヤバネ)を作る工人集団の住み着いた土地の事とされています。
さて、矢筈はかなり多い地名ですので、何例かを紹介させてもらいますが、山口県防府市の矢筈ケ岳、北九州市門司区大里の矢筈山、長崎県長崎市北西の矢筈岳、熊本県天草郡倉岳町の矢筈嶽、熊本県水俣市、鹿児島県出水市の県境の矢筈岳、宮崎県高千穂町の東、旧日之影町の矢筈岳・・・という具合に、多くの矢筈があります。
さて、鹿児島県は薩摩半島のランド・マーク開聞岳の北西方向の頴娃町がありますが、ここにも矢筈岳があります。まず、山の姿を見れば一目瞭然でしょう(日本では窪みに意味があるようです)。
二十年ほど前に、日本でもかなりヒットしたので覚えておいでかもしれませんが、アメリカのミステリードラマに「トゥイン・ピークス」がありました(アメリカではピークに意味があるのですね)。
タイトル・バックにも二つの峰が出ていたと思います。トゥイン・ピークスはアメリカ版の矢筈岳(ヤハズダケ)、矢筈岳とは日本版のトゥイン・ピークスとまでは言えそうです。