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210 官僚はなぜ汚職を続け天下りを続けるのか?

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210 官僚はなぜ汚職を続け天下りを続けるのか?

20150413

久留米地名研究会 古川 清久

本小稿は別のHPのサブ・サイト「有明海臨海日記」に掲載予定で十年ほど前に準備したものでしたが、結局オンエアすることなくお蔵入りしていたものです。最近パソコンの整理をしていて見つけ出しました。

時代遅れの感は否めませんが、佐賀県内の地方自治体職員として在職中に書いていたものです。

良く地方公務員が公務員を辞めると痴呆(地方)だけが残ると言われますが、現在、その防止のためにブログを書き続けていることになります。当時、単に技術的な問題だけで出さなかったものですが、今回、多少の修正校正を加えて陽の目を見せてやりたいと思います。

環境問題を書き続ける

いまさら環境問題を書き続けることの意味を考え直したからといって、何らかの発展性を見出せる訳もないのですが、正直言って痛快さと苦しさが同居しています。

快感としても、緊張感を伴うものであり、文字どおり痛みが同居しているのです。

確かに痛快ではあるでしょう。戦前ならば差し詰め軍部が相手なのですから(国土交通省は最早国家内に存在する関東軍のようなもので既に制御不能になっているようです)、それを相手に批判する事に多少の心地良さがあるのは先ずは“男子の本懐”といったところでしょうか。

しかし、虚しさも伴います。それは、何度も言うようですが、恐らく、今後も環境は破壊され続けられると予想されるからです。しかも、仮に住民側が部分的に止めたり変えさせたりできた場合でも、それは一時的な勝利でしかなく、しばらくすれば、また、形を変え、忘れた頃に再登場して来ると思われるからです。良い例が諫早湾干拓事業です。これは長崎県南部総合開発事業(南総)が一旦潰れた後に装いを変えて再登場してきたものでした。

こうなると環境保護運動とは事実上はモグラ叩きでしかなく、職業としてやっている行政の側が勝つのは当たり前の事となるのです。民衆、住民の側には絶えず不公平なルールで闘いを強いられるのです。

しかも、一時的に止めるか、仮に元に戻す事が出来たとしても、高々、現状が保たれる程度のものであり、所詮、環境保護運動とは現状維持的で保守的な運動でしかなく、全く未来へ向けた夢がないのです。

問題は、このような愚かな環境破壊が繰り返される本質、根本的な問題、その根絶、社会構造の変革に切り込まなければ一向に解決し得ない事になるのです。

従って、環境問題を書き続ける事は重要ではあるのですが、それは、ただの警鐘の乱打(むしろ“負け犬の遠吠え”か)に過ぎず、それ自体としては決して十分ではないのです。

一般の人が味方にならない

「CO2温暖化仮説」という国家規模のデマに踊らされ一喜一憂する人は増殖しているのかも知れませんが、これは、むしろ環境に対する科学的な理解力の喪失の結果であって、わずかに、魚付き林のために広葉樹植林を進めている人はいるものの、むしろ、自分の直ぐ回りにある海、川、山を巡る環境の問題に対して本質的な理解力を持っている人は逆に減り続けているのではないかという考えを持っています。

さらに、都市部を中心に環境に対する本質的な理解力を持っていない人間は明らかに増大しているようです。

少し考えれば分かる事ですが、パジェロやランクルで向かうところは海や山ではなく、パチンコ屋で、勝ったら回転寿司屋で、負けたら家でカップ麺などといった馬鹿げた生活スタイルの人間がおよそ自然環境を理解し、ましてや、自然環境を守ろうと運動する事などありえないからです。

一般的に自然環境の破壊に対する抵抗運動が存在しうる基盤は、その自然環境から直接的恩恵を受けている事、間接的にもその事実が目に見え、自然環境が大切であるという自覚、認識が広範に存在している事なのであって、まず、第一次産業としての農業、漁業に依存する人々が減少し続けている事、都市近郊、農、漁、山村においても、環境の悪化から自然に触れ合う習慣が喪失してくると、自然環境の保全の必要性、有難さ、その喪失への危機感も喪失してしまうからです。

このため、今後とも行政一般を問わず、自然環境の保全、回復へのベクトルは弱まり続ける事が容易に想像できるのです。

つまり、本ホーム・ページ(HP「環境問題を考える」のサブ・サイトアンビエンテ内“有明海諫早湾干拓リポート”「有明臨海日記」)が書き続け、訴え続けている内容が伝わらず、たとえ伝わっても理解されず、理解されないために不当な攻撃を受けるという事を覚悟しなければならなくなると言う問題です。

なぜ?無駄な「公共事業」が続けられるのか

くだらないと言うよりも、既に害悪の方が大きくなっている公共事業が、なぜ?これほどまでに繰り返されるのでしょうか。

その理由は極めて簡単です。官僚にとっても、それを受け入れる産業界にとっても特別の旨味があるからです。

現在は、これに産官学の大学を加えることになるでしょう。今や、旧国立大学も税金に寄生するソフト産業に成り下がっているために、最早ことさら区別する必要など無いと考えるべきなのです。

元々存在しなかったが故に、また、戦争によって破壊され尽くした事によって行われた基本的インフラの再建、整備はとっくの昔に終了しており、本来、国家的投資は他の新たな部門に向けられるべきものだったのです。

にもかかわらず本四架橋を何本も造るとか、誰も利用しない高速道路の建設や、ピン撥ねだけが目的の中国向けODA(実質的な戦時賠償に近く累積額で数兆円になるはずですが、こんなものを彼らが返すはずがない)といったものに消え、今なお、凡そ必要性が考えられないいわゆる箱物などが造られ続けているのです。

その理由も簡単です。それは、この間公共事業を行う事によって生み出されてきた産業部門が次の事業(仕事の落札)に依存し、彼らに税金を流し込む事に利益を有する一部の官僚が存在するために外なりません。

こうして、国家的必要性とか社会的任務といったものとは全く関係なく事業が行われ続けているのです。

では、なぜ一部の官僚(いわゆるお代官様)は自らの使命を忘れ、腐敗に溺れるのでしょうか。

前置きが永くなりましたが、これが今回のテーマです。

汚職の源流


210-1

いまさら官僚の腐敗堕落についての説明は必要がないでしょう。

では、なぜ?役人は汚職を繰り返し、天下りを続けるのでしょうか?

 少なくとも、明治の革命(といってもロスチャイルドに操られたものですが)政権下の官僚(軍事官僚も含めて)は今と比べれば、遥かに高潔であったしその事には様々な傍証があります。

とは言ったものの、それは明治政府以来の宣伝によるところが大きく、実際、明治政府は藩閥政治の延長に全てが汚職であったとも言われているのです。

まずは程度問題でしかなく、今よりは多少はましではなかったかと言う程度のものでしょう。

ただし、末端の役人は清貧であり、今よりは遥かにモラルや国家への忠誠心が高く、威厳に満ちたものだったのではないかと思うものです(こちらは安心して言えそうです)。

一般的には“公務員のモラルの低下”とかいった事で良く説明されるのですが、もちろん、それが間違いという事ではありません。三〇年近く内部にいる人間として言わせてもらえば、印象としては昔の方が確かに公務員のモラルは高く、使命感も高かったという印象を持っています。

ただし、それはあくまでも印象であって、例えば、公共事業関係の現場での業者と小役人の癒着の程度は昔の方が遥かに大きく、また、仮に不正があったとしても、全体として共同体的に庇う傾向があり、表面に見えないままに処理されていたからではないかと考えられます。

これは、社会の大らかさから来ているものに相違ないのであり、実際にはそれが批判に晒されるようになっただけの事なのです。

その背後には役所という共同体(本来、役所は共同体ではあるべきではなく、官僚機構という機能集団なのだとされてはいますが、実態はそうではなかったのであり、それを前提に議論しているつもりです)が、現在も崩れ続けており、官僚機構の構成員の意識とは無関係に、もはや、発覚したものを全体で庇うという事が最後的にできにくくなっているだけだとも言えるようです。

一方、終戦直後などは皆が等しく貧しく貧富の格差が少なかった上に、実際に公務員の給与自体が低く抑えられていたために、たとえ不正があったとしても相互扶助の一部として問題にされなかったからと言えるのかもしれません。

一般的にこのような社会現象を分析する事は非常に難しく、説明をし得たような気になるだけで、一つの側面を切り取っただけでしかありません。通常、“天下りが存在したら汚職があったはずである”とまでは言えませんが、汚職と天下りは密接にリンクしており、“汚職があったならば天下りはあるはずだ“とは言えるでしょう。少なくとも、後付けの賄賂でしかない高給での再就職=天下りが存在しているのです。

官僚は階級ではない

一応、私が考える原因というか理由を申し述べておきます。

封建体制下の日本の役人や家臣団は、もちろん近代的な官僚とは全く異なりますが(断っておきますが中国は伝統的に中央集権国家であり、基本的に封建社会は存在しません)、役人という名が冠されている以上、ある種、似た存在である事は間違いがないでしょう。

少なくとも生産的労働に就いていないという事では同じように思います。

この封建的役人階級は日本においては人口の一割程度でしたし、非常に不正が少なく、もちろん、“天下り”などあるはずがありませんでした。

その最大の理由は、自らの役人や家臣としての地位を次の世代、つまり自分の子や孫に確実に移していく事が可能であり、それが基本的に保証されていたからに外なりません。

このため、例え貧しくとも、「たそがれ清兵衛」(山田洋二監督)に描かれるような清貧な下級藩士が広範に存在し、その藩士群が、ほぼ、そのまま移し替えられ、明治の官僚制に引き継がれたのです(もちろん、九州で言えば熊本の神風蓮の乱、佐賀の乱、西南戦争などで切り捨てられた者を除いてですが)。

明治維新後にもそのモラルが色濃く残ったと考えられるのです(凡そ日露戦争前後まで)。

一方、現在の官僚には自らの地位を合法的かつ確実に自分の子や孫に移し替える事が表向きにはできません(田舎の市町村ではコネ採用が隠然と存在しているようですが…)。

これに対して、土建屋のドラ息子は無能であってもベンツを乗り回す事ができるのです。言うまでもなく、社会的階級とはその所有形態によって決定されるのであって、単に権限の大きさとか所得の高さといったものによって決定されるものではないのです。

従って、官僚になる事ができたという一回限りのチャンスを生かして、まず、自らの地位を民間企業や公団、公社、公益法人などに移し、できれば、自分の子供の就職先を確保しようとするのです。

つまり、封建社会における武士(役人)が貧しくとも支配階級の一部であったのに対して、現在の官僚は階級にまでは高まっていないのです。

良く言えば、労働者階級の中の一つの階層に過ぎず、悪く言えば(正しく表現すればですが)、資本家が労働者を支配するための一代限りの道具でしかないのです。

だからこそ、彼等は株式を合法、非合法に取得し支配階級に這い上がろうとしているのです。

これが、国有財産の私物化でしかない民営化のもう一つの側面でもあるのです。

つまり、“十分な給与を与えれば不正をしない“とか、”十分な年金や退職金を与えれば天下りをしない“という事には単純にはならないのです。

従って、貧しいから不正を働くのではなく、高給よりも“安堵”の方が、競争原理よりも“平等原理”の方が、殊更この問題に関しては有効であり、重要だと言えるのです。

もちろん、私は”官僚機構を正常化させるべきだ“などと言っているのではありません。単に破壊すべきだとしか考えていません。

事実、文部省など、給与を配分する仕組みだけを残して廃止したとしても何の実害も無いはずです。

教育庁、教育委員会、PTA、教育事務所が一体何をやっているか考えた事がありますか?

何一つ社会の役に立つ事はやっていないのです。文化行政でも、「邪馬台国畿内説」と言ったデマを流しているだけなのですから。

現在の官僚機構は一刻も早く破綻して消失すべきであると考えていますので、まずは私の思う通りに進んでいるように思います。

この官僚機構は叩き潰す以外になく、むしろ止揚させ、全く別のものに置き換えるべきですが、今回はこの問題にまでは立ち入りません。

かつて一部の間の貫けた旧左翼の一部が主張していたような、“公務員も搾取されている”(ほとんど馬鹿と同義の向坂協会・・・ほか)“旧ソ連邦、東欧の官僚は支配階級である”(無様極まりない労働党など毛派・・・ほか)などと言った話は、マルクス主義的な階級概念からは完全な誤りでしかありません。

階級という概念はあくまでも生産手段の所有関係に基づくものであり、“単に給料が高い”とか“労働条件が守られている”いったものではないのです。

従って、「官僚階級」といった表現はマルクス主義を一切知らない人間の言葉なのです。

勿論、ノーメンクラツーラが存在した事は事実ですが、それは、一端はブルジョア階級が完全に根絶されたソ連邦だったからこそ可能だったに過ぎないのであって、中国は一度もブルジョワジーが根絶された事はなかったのです(これは東欧諸国も同様です)。その証拠が中国の国旗である「五星紅旗」であり廻りの小さな星の一つは民族ブルジョワジーを意味しているのです。

話が脱線しましたが、日本の武士階級は自らの地位を次世代(子、孫、養子を取ってでもお家の安泰)に確実に移し替えて行けたからこそ、貧しくとも不正をしなかったのであって、今の官僚は、例え高給を食み、いくら上り詰めようとも、合法的な手段では自らの地位を次世代に確実に移し替えて行く事ができません。だからこそ天下りするのであり、自分の子供を就職させるために不正を働き続けるのです。

ただ、中国は科挙の国であり日本のような清廉潔白な武士階級が存在しませんでした(これは中国に封建社会が存在しなかったと同義なのです)。

従って、進士(科挙にパスしたもの)はその限られたチャンスを生かして徹底的な不正を働いたのです。

日本において封建社会が成立して以降、科挙だけが真似されなかった理由は分かりませんが、割礼を導入しなかった事と同様に、何やら“南船北馬”に象徴される中国の漢族との民族的相違(多分、麦作遊牧民と稲作漁労民)差異のような気がするのです。

最後に

独立行政法人化によって採算性が要求され国立大学ですらなくなった現在、物事が非常に説明し辛いのですが、一応、国立大学と言う言葉にそれなりの意味が残っていた時代、ここでは、およそ昭和四十年代の前半頃までということにしましょう。

私は中学、高校にかけて佐賀県西部の古風な私塾(進学塾)に通っていました。

ここは、小学校の三年生の時代から英語、上級の数学を教えるような教育をやっていましたので、塾の師範が自分の子供三人を始め、東大生を累計で百人以上も産み出してきたようなところでした。私はそのような早い段階からの教育は受けていませんので今のテイタラクですが、まずは、英才教育で知られた塾だったようです。

ある時、この私塾の師範が、当時、(旧帝大系国立大学)に“合格した母親が来られて、「選ばれて良い大学に入れて頂いたのですから、皆さんにお返しできるような立派な人間になれば良いのですが・・・」と挨拶された。始めてだぞ・・・”と多少興奮気味に話してくれた事を思い出します。

まず、敗戦直後ぐらいまでは、国立大学に上がると言うだけでエリートであった訳で、選ばれた人間は地域社会に還元すべきという風潮が多少とも残っていた最後の残照と言えそうです。

実際、戦前までは地域で優秀な医者や技術者を欲しい僻地などでは、貧しい農家などの子弟であっても優秀な子供に地域で奨学金を出すなどして上級学校などに送り出すという風習があったものです。

そこまで行かずとも、国立大学に合格したものには一定の使命感と言ったものがあったような気がするのです。

このような人間は文字通り地域の代表でしたから、不正を働き私腹を肥やすとなど言うような恥知らずな真似は決してできなかったのですが、今やこの意識は完全になくなり、勉強して良い大学に合格した者は自分の力だけで上がってきたような思い上がりからか、“出世して得しなければ損だ”といった観念しか残っていないように思うのです。

これが、ソフトバンクの孫とライブドアのホリエモンを分けたと言うのは極論に過ぎますが、既に、大学教育の大衆化によって、“大学に行こうが、コネのある者にしかまともな職業は準備されていない”社会に既に変質していますから、このような話は既に何の意味もないのかも知れません。

努力もしなければ、努力をしても報いられない不公正な階級社会(階層が確実に相続され固定するという意味での)に変化し、早稲田を卒業してもコネのない人間には、良い企業には就職できないようになっているのです。逆に言えばコネのある指定子弟が入学すれば確実に良い企業に就職できる大学が早稲田なのです。

日本版フランス大革命が待たれるところです。現在、当時の僧侶の代わりには大学教授が、貴族の代わりには不動産所有者が断頭代に載るのでしょう。ルイ一六世やマリー・アントアネットの代わりには、一体誰がなるのでしょうか?官僚、政党代表、資本家、不動産所有者、土建屋、産廃業者、地方議員といった連中を全て整理しなければ、この不公正な社会は変えられないでしょう。

日本には、民主党はあっても共和党だけは存在しません。私は共和主義者ですが、今はブエノス・アイレスへの国外逃亡や逃散しか頭にありません。

誰か、出来ればアルゼンチン・タンゴ好きなが女性が良いのですが、卒婚状態ですので、こんなアメリカにむしり取られ続けるだけの薄汚い国を棄ててボカに行きませんか?スペイン語も多少は理解できますので。私も歌のタンゴを聴きながら静かに死にたいと思うようになりました。いよいよ422日は、ペルーのコマンダンテ・ゲレロス MRTAMovimiento Revolucionario Túpac Amaru)の英雄ネストル・セルパの命日です。この間墓参もしたいと思い続けていますので。アルベルト・フジモリに死を!


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