511 鳥取県に二つ目の高良神社を発見した “鳥取県八頭町の高良神社”
20170806
太宰府地名研究会 古川 清久
ブログ原稿のストックは来年の5月分まであることから、盆前には取材を兼ねて東に向かいたいと思っていました。
最近、百嶋神社考古学研究会のフィールド・ワーカーの女性メンバーから兵庫県の但馬から播磨(宍粟市)の神社調査資料を貰ったからでした。
このため、盆前に但馬に入ろうと4泊5日の1600キロ行程で鳥取市から八頭町、若桜町を経由し養父市、朝来市に入る事にしました。
普通は9号線で養父市から朝来市へと向かうのが一般的ですが、今回は別ルートでした。
別ルートを通るとそれなりに新たなものに遭遇するもので、今回は鳥取県でも辺境で発見した高良神社をお知らせする事にします。
四国には数年前までに3回ほど入り4県で15社(玉垂宮、高良社、高良宮)を確認していますが、中国地方では、まだ10社を越えてはいません。
京都府や兵庫県にもあるのですが鳥取県は少なく、これまで、米子市の郊外で1社(鳥取県米子市兼久114)を現認したのみです。
地図は八頭町の隣の県境の町若桜(ワカサ)町を表しています
場所の表示はネット上に二つ出て来ます。どちらが正しいかは不明ですので併記しておきます。
高良神社 鳥取県八頭郡八頭町大門98番
高良神社 鳥取県八頭郡八頭町皆原239番地
下の地図は皆原239番地を表しているようです。地図は現地と一致している事からこちらが間違いないと思いますが、大門98番は古い表示なのかも知れません。
今回は情報が全く無い事から画像と地図だけの報告となります。
高良神社は役場からもそう遠くはない田んぼのど真ん中にありました。
鞘殿様式は筑後物部氏のそれなのだが
による
八束という八頭、日下部、徳丸、遠見山という地名からも粗方の見当がつくのですが、この地には阿蘇系氏族、大幡主(ヤタガラス)系氏族が進出しているようです。
事実、高良神社の南にある鳥取県八頭郡八頭町三山口42番 には阿蘇神社があり、九州からの進出が考えられそうです。
社殿も覆屋工法の鞘殿様式であり、筑後物部のそれを感じさせます。