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599 花に浮かぶ八幡神社 “山口県山口市阿東の徳佐神社”

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599 花に浮かぶ八幡神社 “山口県山口市阿東の徳佐神社”

20180403

太宰府地名研究会 古川 清久


 このところ北部九州から近江に移動した人々の具体的な姿を描く作業に追われています。

既に、以下のブログを公開していますのでご覧になった方もおられるでしょう。


ひぼろぎ逍遥(跡宮)

489 神功皇后は佐賀県の脊振山中で産まれた! “宮原誠一の「神社見聞諜」からの転載”

ひぼろぎ逍遥

スポット144 三瀬村トレッキング現地リポート

スポット171 近江の伊吹山の麓に移り住んだ人々

スポット172 姉川と妹川という名を付した人々と息長系氏族

スポット173 亀屋佐京

598 遠い古代に佐賀県東部と筑後から琵琶湖周辺に移動した人々について (縮刷版)



研究会のスケジュールを縫って再び、近江に足を踏み入れることにしました。

それは、伊藤女史一行の丹波丹後の調査に合流し随行する前ついでに近江の調査もやってしまおうなどという狡猾な考えを持ったからでした。

こうして、おっとり刀の調査旅行が始まりました。

日田市を4216:00に出発したのですが、関門橋を渡り王司パーキング・エリアで最初の車中泊、二区間目の小月インターチェンジで降りれば500円未満で済みますので、渋滞を避けて国道2号線から9号線で山陰に入りました。

現在、出雲崎の手前の出雲市多伎の道の駅で休憩のためにブログを書いている訳です。

近江はまだまだ遠いのですが、目の色変えて突っ走るのもバカバカしいだけで、桜を愛でながら、また、めぼしい神社を拾いながらの十車中泊十一日の調査旅行が始まったのでした。

今回も往復2500キロの旅になることから、できるだけ休憩時間を十分に取りながら走る事にしていますので、神社と見れば気分次第で極力参拝させて頂く事にしています。

 その行きがけの駄賃とも言うのは失礼になりますが、花見と神社探訪が同時にやれるというお誂え向きの神社が、しだれ桜で著名な徳佐八幡宮です。


599-1

徳佐八幡宮 カーナビ検索 山口県山口市阿東徳佐中3673 ℡083-957-0413


 山陰に頻繁に通うものとしては3号線で山口市から島根県の津和野、益田に向かうのは一つのルートであって、いつも気にしながらもどうせ八幡宮だからとパスしてきた一社でした。


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しかし、高地故に丁度満開のタイミングで遭遇し天気が良好となれば参拝しない訳にも行かないでしょう。

 平日(43日 火曜日)とは言え、境内は花見客と参拝客とで賑わっていました。

 ただ、今回は近江などが主たるテーマであって、「山口県神社誌」~「鳥取県神社誌」も持っては来ていません。

 詳しい祭神については帰ってから正確に書き加えるとして、まずは、花と神社を見て頂きましょう。


599-3

しだれ桜の名の通りしだれていますね


しだれ【垂れ/枝垂れ】とは。意味や解説、類語。枝や葉が、たれ下がること。しだり。しだれいと【垂れ糸】たれ下がっている糸。「素鑓(すやり)の鉤(かぎ)に―、さっとしだれて」〈浄・薩摩歌〉しだれいとすぎ【枝垂れ糸杉】ヒノキ科の常緑樹。高さ1015メートル。枝が垂れる。中国揚子江沿岸に分布。しだれうめ【枝垂れ梅】枝が垂れている梅。しだれざくら【枝垂れ桜】バラ科の落葉高木。ウバヒガンの変種で枝先が垂れ下がるもの。3月上旬に淡紅白色の花を開く。

垂れ/枝垂れ(しだれ)の意味 - goo国語辞書


 さて、祭神です。


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神社参拝殿の由緒に依れば上のとおりですが、念のために「九州神社紀行-ブログ」を見ることにしました。


【御祭神】應神天皇 仲哀天皇 神功皇后
     (配祀)多紀理毘女命 市寸嶋比女命 多岐津比女命 天兒屋根命 天太玉命
     天鈿女命 興玉命 鹽土老翁命 手力雄命 大己貴命 少彦名命
【御由緒】
 徳佐八幡宮 (宝清山八幡宮)
 祭神
・八幡神、応神天皇、神宮皇后、姫大神ほか       
大国主命(おおくにぬし)、大己貴命(おおなむち)、少彦名命(すくなひこな)ほか


と、書かれていました。

天兒屋根命は阿蘇高森の草部吉見神=海幸彦、天太玉命はヤタガラス、天鈿女命 興玉命は豊受大神=アメノウヅメとニギハヤヒ=山幸彦=猿田彦ですので興玉命は重複となります。

鹽土老翁命は大幡主=ヤタガラスの父神であり、由緒の国常立神と同一神となります。

まず、百嶋神社考古学では「国常立神」は大幡主=神産巣日神とします。手力雄命は勿論スサノウですので、後は皆さんでお考えください。

 この配神を見る限り、この基層には大幡主系=白族系が色濃く見えるのですが、それよりも神社の背後の高所に祀られている金山彦系の神々こそがこの神社の本質であることが見えたのでした。

 八幡神は仕方がなく受け入れたものであって、この地「徳佐」に住み着いた人々の本来の祭神ではないようです。

神殿背後のしかも高所に祀られている神こそが本来の神であるとすれば、三宝荒神と金毘羅社こそが本来の神様のような気がします。


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稲荷は遥拝所ですし粟島社も横に祀られているだけですが、三宝荒神社は神殿背後の高所に置かれている事から(恐らく元々そこに鎮座していたのでしょう)この神様こそが八幡神が覆い被さる前の本来の徳佐の神々なのです。


599-6


599-7見辛いのですが、粟島社には「煩(ワズライノ)宇斯(ウシ)命という初めて見る神様が祀られています。これが何なのか気になり敬愛する「玄松子」のサイトで調べるときちんと書かれていました。

今日も「古事記」を聴きながら走ってはいたのですが、まだまだ駄目ですね。


和豆良比能宇斯能神 わずらいのうしのかみ

別名 煩神:わずらいのかみ 煩大人神:わずらいのうしのかみ

『古事記』では、伊邪那岐神が死の国(黄泉国)から戻って禊祓をした折、身につけているものを脱ぎ投げ出すと、それらから十二の神々が化生した。

杖より化生した神は、衝立船戸神。御帯から化生した神は、道之長乳歯神。

御嚢(みふくろ)より化生した、神は時量師神(あるいは時置師神)。

御衣より化生した神は、和豆良比能宇斯能神

599-8御褌(ふんどしのこと)から化生した神は、道俣神。

御冠より化生した神は飽咋之宇斯能神。

左の手纏(手にまく飾り、あるいは武具)より化生した神は、奥疎神、奥津那芸佐毘古神奥津甲斐弁羅神

右の手纏より化生した神は、辺疎神、辺津那芸佐毘古神、辺津甲斐弁羅神。


奥津那芸佐毘古神 奥津甲斐弁羅神 は奥津彦、奥津姫でしょうから、どう見ても金山彦系の神様である事は間違いがなさそうです。

 もう九時になりますが、夕食もとらずに道の駅でただ一人でブログを書いていますのでこれ以上書く気にはなりません。後は皆さんでお考えください。左は百嶋由一郎三宝荒神神代系譜です。


煩宇斯命とはどなたでしょうか!?加太は事代主のエリアなのですが…。


百嶋由一郎神社考古学の資料を必要とされる方は09062983254までご連絡ください。実費程度です。


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