743 宇佐の金屋の南姓は難升米の後裔氏族か?(中)“金屋の南さんとは何か”
20190327
太宰府地名研究会 古川 清久
単純過ぎますが、「難」さんが「南」さんに置き換わっているのではないか?と言うだけのものです。
また、もしかしたら「灘」さんも可能性があるのかも知れません。
さらに言えば、あくまでも日本語の呉音、漢音でしかないのですが、大陸の言語が4世紀前後に大きく変化し、結果、音博士を招聘せざるを得なくなったほどに、N音がD音に移行し、日本人の姓も、それに対応し、「南」「灘」が「段」「団」「壇」…姓に変化したとも考えられそうですが、総じてこれらの姓を持つ人々は、元々、同族であった可能性も考えておくべきなのかも知れません。
「南」と「団」が何の関係があるのかとお考えの方がおられるでしょうが、坊主読み 官学の武家読みで考えればお分かり頂けるかも知れません。一例です。
この外にも、難(ナン/ダ ン)、男(ナン/ダン)、奴(ヌ/ド)…が浮かんで来ますが、後はご自分でお調べ下さい。では、南姓の分布を見ましょう。
まず、分布からは海に関係のある一族に見えますね。
当然にも「灘」姓も姫路、洲本など海岸部に分布している事は明らかで、彼らの属性が見えてきます。
大分県の「灘」姓が宇佐に集中している事からも、一応は灘=南の推定ができそうです。
この外島根県の分布も隠岐、江津、松江が中心で海洋民族の後裔氏族であることは明瞭です。
上左は段さん、上右は団さん、下は壇さんです。
気になったので日田市を調べましたが、大分県の壇さんは日田市に集中していました。
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